秋山俊也 日光アール・ブリュット 創造の根源を求めて

秋山俊也氏の絵画世界

美術評論家 田中日佐夫

  

 大きなエネルギーを蔵した活火山は依然として爆発を続けている。秋山くんの作品群を2年ぶりに見せてもらった感想である。
 なにしろ驚くのはその作品数の多さである。今度の個展にも 110点が展示されるというが、いかに小品が多いとはいえ、その数はただごとではない。しかもその1点1点に見て取れる凝縮された創造性にかかわる集中度は、不思議なほど一定の水準を保っている。秋山くんの絵を描く才能の豊かさは余程のものであることを示している。
 秋山俊也くんは1986(昭和61)年8月25日生まれ。今年ちょうど20歳である。一見、健康体の青年なのだが、病名「自閉症」に早い時期から認定され、現在も知能程度は2〜3歳程度。感情表現は多彩なように見受けられるが、会話を交わすことはできない。ただ、絵による自己表現は奥行のある変化に満ちている。

  

 いくつかのグループに分けられるが、それぞれのテーマが秋山くんの内部のどのような出会いで生まれたかは、私にはいまのところ判然としない。たとえばグループの一つである電信柱。電柱、あるいは電柱列と秋山くんがどのようにして出会ったのかはわからない。秋山くんの家の周りを見ても、それほど印象的な電柱があるようには見えない。
 しかし、秋山くんの電柱の存在感はすばらしい。自然空間の中で直立する電柱と、それにつながっている電線が力強く表現されている。きっと、そのあたりの面白さというか、一種の緊張感が、秋山くんの心を捕らえ、それをよりよく表現する色彩を駆使して描いたのであろう。
 その描線は奔放、色彩も自由に塗りまくっているように見えるが、画面の中ではそれらが不思議な親和力に満ち満ちた世界を形作っている。ときに施されている輪郭線も、きわめて有効に働いており、画面の上に独特の、一種の造形性を生み出すのである。中には何本もの電柱が林立する風景画を見ることもできるが、最も新しい作品であるそういう作品には、秋山くんの心の中に形成されている「宇宙観」というか「世界の空間感」とでも呼ぶべきものが描かれているように思う。しかしそれにしても、その一点の画面に塗られている、おそらくは地面と道の色なのであろう茶色の、その軽やかな、しかも適格な塗り方は一体どこからうまれるのだろうか?
 そういう生来の才能は、「純粋な抽象」あるいは「アンフォルメル」とも呼んでよい作品群によりよく現われている。一画面の中に二〜三色の色彩を塗る。全く関係のない色彩のかたまりである。そういう色彩の上に白など、一色か二色の色を置く。それは線で囲んだ円であったり、色を塗っただけの丸であるが、それを塗った瞬間、二つの色彩は関係づけられてくる。そのへんの呼吸が、また、まことに絶妙なのだ。秋山くんの一番奥深いところに蔵した才能にちがいない。

  

 もっとも、このように指摘しながらも、秋山くんが、なにか、有名画家が描いた作品の複製図版を見て、自分のイメージと合体させて描いた作品もふくまれていることを見逃してはならない。たとえば、昨年に制作された《抽象2005 No.8》には(ベン・ニコルソンより)と、ちゃんと注記されている。
 秋山くんのお父さんである俊幸氏は、美術関係者の中ではよく知られた絵画修復家である。だから、家には美術全集などが手に取りやすい処に置いてある。俊也くんもそういう家の中で、いろいろな画集を自ら手に取ることはできたし、お父さんの示唆によってそういう機会を得ることも多かったであろう。俊幸氏は「あの子が参考にする作品は、自分で探す場合もあるが、私にゆだねるときもある。そのとき画集を開いてどの絵にするかと聞くと、指で指すことが多い」という。
 俊也くんの絵には、後に述べるようにマティスの絵を見て描いたものが多いが、マティスの場合は自分で探す。また、最近ではミケランジェロの絵からの影響も濃いが、これは俊幸氏が促したという。
 モティーフやテーマは俊也くん自身が見つけることもあるが、多くの場合は、俊幸氏がこういうものを描いてはと示したのに乗ってくる。そこは父子の間のこと、息子の好みは分かっているつもり。ただ、俊幸氏がよいと評価している作品でも、複雑な絵柄の作品には全く興味を示さず、拒否することすらある。また、景色のよいところに連れ出してスケッチさせても、ただただ、ボーッとしていて絵にならないことが多い。前述した電信柱の列や、杉並木、家のスケッチも、もっぱら部屋の中の机から窓の外を見て描いたもの。自分の好みというか、意欲が生じるものには非常にはっきりした態度をとるのである。

  

 俊也くんの電信柱のほかの、もう一つの大テーマは人物の顔である。それも実在する人物を目の前にしての制作ではなく(そういう作品もあるかもしれないが)、圧倒的に多いのは、マティスの人物画をはじめとして、ミケランジェロ、舟越桂、松田正平、ピカソ、ウォホールなどなど、それに少々かわったところでは東南アジアの{仮面」などから採った人物像なのである。
 私が一番おどろき、これこそが俊也くんの最もすぐれたところなのだ、と思うのは、その作品一点一点が元の作品――マティスならばマティスの作品が持つ「花」、そして「画格」の大きさと感応しながら見事に移し取っていることなのだ。おそらく俊也くんは、ピカソやマティスが現代美術史の中でどのような位置にいるのかもわかっていないだろう。自分たちの絵が美術館でも展示されるというような、現在の美術に対する認識への道筋をつくってくれた先人――彼らは異口同音に「自分は常に子供のような絵を描きたいと思っている」と言っていた人たちだが、彼らのことなど知っちゃいないであろう。しかし、そういう先人たちの本質を実によく把握しているのである。
 そして、もっと不思議なところもある。俊也くんの作品の中に《人物2006 No.3(ミケランジェロより)》という作品がある。これはミケランジェロがヴァチカンのシスティナ礼拝堂に描いた《天地創造》の中の一部《アダムの創造》の、アダムと神の手の指が触れて、人間に魂が与えられる直前を描いたものである。その手の部分のみを俊也くんは写したのであるが、いまは別々の次元に存在しているはずの二つの手の世界のちがいさえ、元の壁の亀裂をうまく利用して表現している。こういうものこそ、俊也くんのたしかな、本能的才能であろう。
 そういう才能に恵まれた俊也くんは、多いときで一日にスケッチブック(B5〜F6)を10冊から20冊、一ヶ月単位では100〜150冊くらいを使いまくり、アトリエでは週1〜2回程度、キャンバス4〜20号を10枚くらい、アクリルやオイルスティックで描いているという。もちろん、制作意欲には波もあるが、ほぼ毎日3〜6時間くらい描き続けているともいう。
 私はこのような俊也くんの姿の中に、美術や芸術にたずさわる人間の真の姿を見ることができると思っているのである。

『秋山俊也 日光アール・ブリュット 創造の根源を求めて』展の図録より

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